薬剤師 転職の重大な選択

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そんな基本的な話を語り合ってみたいから尋ねるのです。
M社最終面接官のフィーリング実際のところ、M社という会社がどういう仕事をして稼いでいるのか理解している学生は稀でしょう。
新聞に載っている記事だけ読んでもわかりません。
だからこそ、学生を対象とした広報活動は毎年九月頃から始めています。
会社説明会を開き、ゲームなどをしながら、商社の仕事とは何ぞや、M社とは何ぞやという話をしている。
そこでまず興味を抱いてもらい、次に自分で勉強していただく。
といっても選考の際、どれだけM社を知っているかを重要視しているわけではありません。
そうした理解を求めるのは、自分が当社に就職した後、後悔してほしくないからです。
だから、最終段階でも言うのです。
「不安なら、(他社に行くのは)まだ間に合う当社は、仕事が安定していて、やるべきことが決まっていて、人材育成もきちっと路線が決められていて、という会社ではありません。
つねに好奇心をもって新しいものに挑戦していく気概、それをビジネスにしていく指向性をもっていなければ、当社にとっても本人にとっても不幸なマッチングになると思うのです。
最終面接は私か経営会議メンバーの人事担当で行い、役員が確認します。
最終での判断基準はこれまで述べてきたとおりで、もう最終面接官のフィーリングでしかないのです。
語学やMBAなどのスキルや資格をもっていても関係ありません。
これからの時代は営業もできる、数字も強い、ITもできる、といったある程度のハイブリッド性が求められます。
それぐらい勉強していないと社員も会社も生き残れない。
要は、採用で選んでいる一人ひとりは、将来の経営者候補の人材なんです。
M社の社員は現在約六〇〇〇人いるので、M社の社長になる社員はその中の何百分の一の確率です。
しかし関係会社には約四万人の社員がいて、その関係会社の社長になる可能性はきわめて高いのです。
その際に、社長業ができないと困るのです。
関係会社には、M社の社員だけでなく、外国人もいるかもしれないし、相当な能力の人もいるでしょう。
そういう相手と対等に渡りあい、「ああしてください」「こうしましょう」という話をする。
それができないと、本人も会社も困る。
だから、人間としての基本的な力を私たちは見ているのです。
M社は二〇〇二年秋に就任した槍田松螢前社長の六年間で大きな方向転換を遂げた。
九〇年代には成果主義を採用し、給与を含む人事査定に業績成果を強く反映させるJ2M社方式を採っていた。
だが、二〇〇二年春に国後島における発電設備の不正入札事件、二〇〇四年十一月にディーゼルエンジン車の粒子状物質除去装置のデータ握造などの事件が発生。
経営陣はこうした事件の源流が業績成果を焦る利益主義にあるとして、徹底して社内を戒めるとともに成果主義と決別、業績評価より定性評価を重視する体制をとった。
また、上下関係や担当部門といった壁を外して、社員同士が自由間達に議論する場「リユニオンルーム」を設け、一度は廃止していた独身寮を復活させるなど、社員同士の結束を強める環境を整備した。
そうした社内改革は、以後の同社の好業績に深く影響しているとされる。
昔の自分を面接したら私か入社した頃と比べれば、いまのM社は数段上の能力をもっていないとやっていけない。
現在の私か昔の自分の面接をしたと仮定すると、絶対に入社できないでしょう。
私か学生の頃は就職協定の解禁が十月一日で、みんな九月頃になってどうするかというのんびりし九時代でした。
私は大学時代剣道部だったのですが、先輩が入っている会社には行きたくなかった。
でも、そうして消去していくと、なかなか良い会社が残っていない。
月どうしようかと迷いながら、十月半ば、友人の就職活動に付いていったら、それがM社でした。
文字通りの出会い頭で、何も調べないまま受けることになったのです。
面接では「なぜ当社なのか」と聞かれたのですが、そこで偉そうにもこう答えたのを覚えています。
「商社はモノをつくるわけでもなく、何もない。
自分がダメならダメ、よければ使える、という人間性が試される場だと思う」もともとマスコミに行こうかと思って大手広告会社も受けていたのですが、最終面接がM社と同じ日でした。
迷っていたら、下宿のおばさんに「広告会社よりも、あなたは商社の方が向いているわよ」と言われ、結局当社を選びました。
それで今日まで至っているわけです。
正直なところ、かなりいい加減な入社です。
よく言えば肩に力が入っていなかったからよかったのかなとは思いますが。
「人の三井」と「三井の人」いま人事の長という立場で見た場合、自分が経験しだのと同様に、入社三年目ぐらいに大きな仕事を任せてみるというのが育成方法として良いのだろうと思っています。
伺M社「人の三井」と言いますが、人ってから「三井の人」になるのは大変なのです。
規模の大小は別にして、ある仕事をやり遂げてこそ評価される。
その仕事が世間に知られることに越したことはないのですが、知られなくとも、仕事の成果やプロセスで「さすが三井」だと関係者に評価され、自身もきちんと誇れるようになることが大切です。
そんな仕事をした時に初めて「三井の仕事」をしたという気持ちになるでしょうし、「三井の人」になると思うのです。
「良い家庭や良い友だちをつくれ」「仕事とは人生だ」、と言ったら、大げさだと言われるかもしれません。
でも、私はそう思っています。
私の場合、女房も理解してくれているので二一〇パーセントぐらい仕事になっている。
ワーカホリックというのではなく、家庭の理解があれば、それだけ仕事にも打ち込めるというものです。
もし家庭がうまくいってなければ、会社でカリガリしてしまい、そうなれば会社でみんなが悪い影響を受ける。
逆に、家庭でうまくいっていれば仕事も会社もうまくいく。
そういうものだと思うのです。
だから、「良い仕事」をしようと思ったら、「まずは良い家庭や良い友だちをつくれ」と55私は言っています。
そうすれば絶対「良い仕事」ができる。
かっこよすぎるかもしれないけれど、本当にそう思っています。
四年前のある女子学生が書いたエントリーシートはいまでも心に残っています。
概略を話すと、こういうストーリーです。
幼い頃、私は祖母に大変かわいかってもらった。
祖母はS社の白粉を使っていたので、大学に入って最初のアルバイトでS社のコンパクトを買ってあげた。
祖母は大層喜んでくれたけれど、自分で働いたお金は自分のために使いなさいと言ってくれた。
その後、就職活動を始めたところで祖母は亡くなってしまった。
悲しみの中、遺品を整理していたら、そのコンパクトが出てきて、裏側に私の名前が書いてあるのを見つけた。
私と祖母をつないでくれたS社で、また誰かと誰かを結ぶことができたらうれしいです、と。
非常に心を打たれ、泣いてしまいました。
もちろん創作しようと思えばできるでしょう。
でも、実際に面接でお会いしたら、真実は伝わるものです。
彼女のケースでは、面接してみたら、誠実な人柄が伝わってきて、彼女の動機もまた本物だったことがわかった。
実際に彼女は採用され、現在三年目。
営業の仕事をがんばっています。
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